自己紹介

自己紹介おいたち〜幼少期から高校まで〜

こんばんは、chiakiです。

過去に自己紹介は一度書いているのですが、

ほぼほぼ留学の意気込みを述べているので生い立ちを書いてみようと思った次第です。

私の人となりが伝わったら嬉しいです。

全然関係ないですが先日、本物のアルパカ初めて見ました。萌え。

幼少期〜小学生

1988年 母の実家の秋田県にて生まれる。

1ヶ月後から就職するまで東京で育ちました。

とにかく運動が苦手で動きたがらない子どもだった私。

ボールを触ると突き指しちゃうから触らない!

平均台は落ちたら危ないから乗らない!

という、なかなかのか弱さ。今だったら引っぱたきたい。笑

そのかわり、本が好きでずっと本を読んでいました。

こんなことをいうと儚い可憐な少女に聞こえますが、

実際はめちゃくちゃおしゃべりだったそうです。

小3〜4年生のときのクラスメイトに恵まれ、外遊びも好きになり

学級委員や生徒会をやる優等生な私。神童時代。

ちなみに運動神経悪すぎて、逆上がりしようとして前歯を鉄棒にぶつけたため

歯並びがいまだに悪いです。苦手なことはやるもんじゃない。

暗黒の中学時代

ふつーの公立中学に進学しましたが、何を血迷ったか全国区の部活(バドミントン部)に入部。

この世の理不尽さを知る。

のどが乾いた状態で運動し続けると、のどの奥がサクラエビみたいな味になるんですよ。知ってました?

そんなわけでサクラエビいまだにあまり好きじゃないです。

たいして運動神経よくない私がレギュラーや補欠になれるわけもなく、

ひたすら球拾いしてました。

幸い先輩方が優しかったのと後輩とは仲良かったのでそれが救いでした。

正直毎日部活をやめたくて溜まりませんでしたが、

顧問が怖くていえなかったのと内申点が欲しかったのでイヤイヤ続けました。

個人スポーツだったので引退試合には出れたのですが、

試合前2週間シャトルを一度もうたしてもらえなかったので、

最初2連続で空振りしたのは今でも忘れられない思い出です。

いやなら環境を変えるべきだったと体感する思い出でした。

そんな環境で部活の同期とたいして仲良くなかったこともあり、性格ひねくれました。笑

保身に走るような先生も多かったので大人見下してました。

超性格悪かったと思います。

転機の高校時代

学力だけは良かったため、都立トップの進学校に入学。

これが人生の転機1回目です。

この学校、校則が「上履きで外にでない」くらいしかなかったんです。

勉強も強制されず、のびのびと育ちました。

先生にしかられる理由は、

「雪が降っているのになぜ誰も校門に雪だるまをつくらないんだ!」

とか、

授業中におでん食べている生徒に

「さめる前に早く食べろ!」

とか。

ここまで野放しにされると自分で善悪を考えるようになる。

面白いことに挑戦したり、面白い考え方をする生徒がいっぱいいて

尊敬できる友人が多く出来ました。

おかげでひねくれ直りました。

なぜか血迷ってまたバド部に入ってしまったのですが、

ここではたのしくすごすことが出来ました。

また自分らの代に友人が立ち上げた新聞部に入部し、

受験生向けの学校紹介新聞をつくる企画をたてました。

私が高校生だった頃からもう干支一回りしていますが、

いまだに部活もこの企画も継続しています。

この成功体験が「時を超えて誰かに影響を与えたい」という思いにつながっている気がします。

さてさて、そんなこんなで楽しい高校生活も終わり受験。

好きな科目しか勉強していなかったため高3でぐんぐん成績が落ちました。

特にやりたいこともなかったので、

とりあえず上目指しとこうと思って東大志望し見事失敗します。

ちなみに落ちた原因は間違いなく英語。

中1から嫌いです。

高校のテストはいかに赤点ギリギリで乗り越えるかを考えてたので

毎回32〜35点をうろうろしてました。笑

というわけで高校時代までをまずは書いてみました。

ここまでおつきあいくださった方はわかると思いますが、

高校まで色恋ごと一切なし。いわゆる非リアです。

ここからどのように変わっていくのか。

次回もおつきあいいただければ幸いです。

お読みいただきありがとうございました。