何したいかわからないからとりあえず日本出てみた

29歳で仕事を辞めフィリピン留学を経てオーストラリアでワーホリ中です。

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自己紹介生い立ち〜大学時代からまだ輝いていた社会人時代〜

前回高校卒業までの生い立ちを語らせていただきましたが、

のびのび育つものの非リア一直線!

水平線みたいに一直線!!

 

そんな私も大学生活を迎えます。

 

 

大学時代

大学受験失敗するものの、浪人してまで受験勉強したくなかったので、

合格した中で家から一番近かった早稲田大学に進学します。

 

しかも、理系だったため夢のキャンパスライフは送れず、

灰色コンクリまみれの今にも心が病みそうな空間で大学生活を過ごすことになります。

 

大学時代も懲りもせずバドサー。っていってもほぼ飲んでました。

 

お酒飲んだことなぁい、ビール苦いからカシオレ〜♪

 

っていうかわいい少女だった私も、教育の賜物で

ビール⇨日本酒⇨焼酎・ウイスキー

とどんどんレベルアップしていきました。おっさんである。

 

選ぶサークル違ったら飲んべえにならなかったはず。女子力返せ。

サークルで人生初の彼氏つくったり。(すぐ別れたり。)

まぁまぁ普通の大学生でした。

 

研究室に所属し、卒論も飲み屋で執筆。

なんとなーく大学院に進学します。

 

ちなみに卒業旅行で初めて海外へ。

シアトルニューヨークに行きましたが、英語を話す人=敵と認識していたので

ストレスハンパなかったです。

一緒にいった友達がよかったので楽しかったけど、私1週間で3回くらいしか英語話しませんでした。

 

院生時代と残されたもの

なんとなく進学したものの、移り気な私は一つのことを極めるのには向いてませんでした。

卒業できたから良かったけど。

教授からは、

「院生時代の経験はかけがえのないもの。しかも院の学費分は社会に出てすぐ取り返せる(理系は院卒の方が仕事の幅が広がるため)」

 

っていわれ、納得してたけど今は少し後悔してます。

すぐ会社やめちゃったら意味ない、学歴。

 

成績は良かったので微々たる給付の奨学金をもらえていましたが、

実は大学入るちょっと前におとんがリストラにあい、貧乏貧乏。

奨学金を借りることになり、900万ほどの借金をかかえることなります。

 

まだ700万くらい残ってます。返せる気がしない。

 

夢の社会人生活と転落

なんだかんだ院生だったため、就活はするっと決まり、

一部上場企業の製薬会社の開発職として就職します。

 

製薬会社といっても、私はドラッグストアで売っているような衛生雑貨をつくっていました。

研修時代は天国で、研修先の上司にも恵まれ日々楽しく過ごしていました。

先輩も含めていい人ばかりで、本当にあの時間は幸せでしたし

育てていただいて感謝しています。

 

仕事が安定するとプライベートも安定するのかなんなのか、

とても優しい彼氏が出来たのもこの頃。

 

私の焼き魚の小骨を外してくれるような人です。どれだけ不器用や、私。

 

この間にも実はおつきあいした方はいましたが、

このかたは初めてずっと一緒にいたいと思えたとてもステキな方でした。

 

 

そんなこんなで幸せな1年目を終えるのです。

ここから絶望していくとも知らずに。

 

次回は私が週7でお酒を飲まないと寝れなくなったり

貯金を使いまくって自分探しをはじめたさまよい期について書きますね。